大阪高等裁判所 昭和60年(行コ)51号 判決 1986年9月16日
控訴人
株式会社玄武洞観光
右代表者代表取締役
田中榮一
被控訴人
環境庁長官
森美秀
右指定代理人
笠原嘉人
外八名
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
第一 申立
一 控訴人
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人が、昭和五八年六月一四日付環自保許第三〇三号で執行を認可した山陰海岸国立公園玄武洞園地事業は無効であることを確認する。
3 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
二 被控訴人
主文同旨
第二 主張
当事者双方の事実上・法律上の主張は次のとおり付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。
(控訴人の当審における当事者適格に関する主張)
一 控訴人は本件処分の対象となつた園地事業の近隣において、休憩所、売店、駐車場を対象として公園事業の認可を受けているものであるところ、右事業の認可は公企業の特許たる性質を有し、公園事業者は認可にかかる公園事業を行う権利を設定されたものであるから、本件処分により右権利が直接侵害されたものというべく、右権利を根拠として本件処分の無効確認を求める法律上の利益がある。
二 控訴人が本件処分の対象となつた建物の園地事業の廃止を申請したのは、内閣総理大臣の諮問機関である観光事業審議会の中間報告及び財団法人観光産業研究所が作成した兵庫県豊岡市の観光開発調査報告が描く理念に従つて、右建物の園地事業を廃止したうえ、控訴人が近隣において公園事業の認可を受けている休憩所等建物の増築を行うことにより、公園事業の効率化と健全運営をはからんとしたがためである。ところが、本件処分の結果、訴外玄武洞観光渡船株式会社による園地事業が開始されるとともに、新たに通路、駐車場が開設されたため、近隣における控訴人の休憩所、売店、駐車場の公園事業は豊岡市側からの観光客が急減し、喫茶・飲食、土産物販売営業が不振となり、有料駐車場の経営が不可能となり、将来認可にかかる公園事業自体危殆に瀕するおそれのある状況である。自然公園法(以下単に「法」という。)は、自然保護の観点から公園秩序の維持という公共の利益を保護する目的を有するものであるが、他面適正な公園利用が行えるよう無秩序、無制限な施設の設置を抑制し、もつて公園事業者の利益をはかる目的をも有しているというべきである。このことは、法施行令七条において、公園事業執行認可の申請書に、「施設の管理又は経営方法の概要」、「事業資金の総額及びその調達方法」の記載、法施行規則一条において、「施設の管理又は経営に要する経費につき、収入並びに支出の総額及びその内訳並びに事業資金の総額に対する純益の割合」を記載した書類の添付を要求する規定を置くことにより、公園事業から利益のあがることを当然の前提としたうえ、何人でも申請さえすれば認可されるものではないからして、そこには自ずと関係者の利益の調整を図ることが予定されていることから明らかである。従つて、控訴人は本件処分の対象となつた休憩所等の園地事業の前事業者として、また同一国立公園内の近隣公園事業者として法律上保護された利益があり、右利益は単なる事実上の利益や反射的利益にとどまるものではない。
三 仮に控訴人主張の利益が法律上保護された利益ではないとしても、行政事件訴訟法三六条に規定する「法律上の利益」は、単なる実体法上の権利ないし法的利益にとどまらず、当該行政処分が法の趣旨に基づいて適正に行われたならば、その実現が所期されたと認められる事実上の利益をも含むと解すべきであるから、本来あり得べからざる違法な本件処分がなかつたならば、控訴人の公園事業に対する悪影響は全くなく、違法な本件処分により駐車場経営の不可能等の財産上の利益が侵害されたものであるから、控訴人は本件処分の無効確認を求める法律上の利益がある。
(被控訴人の反論)
一 国立公園及び国定公園(以下「国立公園」という。)の公園事業は、法が一条において定める自然の風景地の保護及び利用の増進を図り、もつて国民の保健、休養及び教化を目的として、被控訴人が決定するものであり、国立公園事業執行の認可を受けた者の経済的利益を保護するために執行されるものではないから、控訴人が公園事業の認可を受けることにより営業上の利益を受けていたとしても、その利益は事実上の利益にすぎず、法律上の利益にはあたらない。
二 また、国立公園事業認可の制度は、公園事業者の新規参入を調整したり、既に認可を受けた公園事業者の利益保護を図り、もつて公園事業者の経済的利益を確保することを目的するものではないから、本件処分により控訴人の経営状態が悪化したとしても、それをもつて本件訴訟の当事者適格を基礎づける法律上保護された利益が侵害されたということはできない。
三 控訴人は、行政事件訴訟法三六条の「法律上の利益を有する者」とは、事実上の利益を有する者を含み得ると主張するが、法律上の利益とは、当該行政法規が私人等権利主体の個人的権利を保護することを目的として行政権の行使に制約を課していることにより保護された利益と解すべきであり、法は私人等の営業上の利益の保護を目的としていないことは前叙のとおりであるから、事実上の利益をもつて当事者適格を基礎づけることはできない。
第三 証拠<省略>
理由
一当裁判所も控訴人の本件訴えは不適法なものとして却下すべきであると判断するものであるが、その理由は、次項に控訴人の当審における当事者適格に関する主張についての判断を加えるほか、原判決理由説示のとおりであるから、これを引用する。
二1 控訴人は、本件処分の対象となつた園地事業の近隣において国立公園事業執行の認可を受けた公園事業者としての権利を有することを根拠に、当事者適格の存在を主張する。
しかしながら、控訴人が右権利を有することから直に控訴人に本件訴えの原告適格が生ずると解することはできない。けだし、本件処分は、その対象となつた施設に関する公園事業の執行者ではなくて、その近隣における別の施設に関する公園事業の執行者であるにすぎない控訴人の右権利そのもの(営業上の利益については後に検討する。)を直接侵害するものとは到底考えられないから、控訴人の右主張は根拠を欠き失当である。
2 控訴人は、法が自然の風景地を保護するなどの公益を図る目的のみならず、認可にかかる国立公園事業者の営業上の利益の保護、調整を図る目的をも有していると主張する。
国立公園事業は法一条に規定する目的を達成するため、原則的に国が執行するものであるが、右目的を達成するために必要かつ合理的である場合には、例外的に私人等に対し右事業の執行を認可し、その際公園事業者が営業上の利益をあげることを容認する(法二八条、法施行規則一条六号参照)ものであるところ、公園事業者の右営業上の利益をもつて、行政事件訴訟法三六条に規定する「法律上の利益」にあたると解し得るかどうかである。法律上の利益の意義については、原判決一〇枚目表二行目冒頭から同末行末尾までの説示のとおりであり、これを本件に照らして具体的に敷衍するならば、法が一条において規定する理念の実現という公共の利益の達成を目的としていることは明らかであるが、これと同時に既存の認可にかかる公園事業者の営業上の利益を保護することをも目的として新規の公園事業執行の認可に制約を課しているのか、つまり右利益は法律上の利益なのかそれとも法一条に規定する公益目的実現のために新規の認可に制約を課している結果、たまたま既存公園事業者の受ける反射的利益にとどまるのかである。そこで、この点につき以下検討する。国立公園事業は法一条に規定する目的達成のため、原則的に国が執行し、例外的に私人等に対し右事業の執行を認可し、その際営業上の利益をあげることを容認しているものの、法及び順次委任の関係にある法施行令、法施行規則の諸条項を精査検討しても、被控訴人が私人等に対し右事業の執行を認可する場合において、既存公園事業者の営業上の利益の保護に配慮を要するとの規定はもとより、私人等が右事業を執行する場合において、私人等の営業上の利益を保護する規定も存在せず、これらの趣旨を窺わせる規定も存在しない。法施行令七条五号には、「施設の管理又は経営の方法の概要」を認可申請書に記載することを要する旨の規定はあるが、その趣旨とするところは、施設自体の維持管理方法、直営・委託・請負等の経営形態、施設の供用時期及び時間、料金の有無及び額等の営業態様を明らかにさせることにより、国立公園の利用者が施設を利用するにつき、適正妥当な管理、経営方法を講じ得る公園事業適格者を判別する資料とするためである。また、同条同項六号の「事業資金の総額及びその調達方法」を記載せしめる趣旨は、事業資金の面から公園事業適格者を判別する資料とし、資金難により公園事業が挫折し、公園利用者の利益を阻害することのないようにするためである。さらに、法施行規則一条六号の「施設の管理又は経営に要する経費につき、収入並びに支出の総額及びその内訳並びに事業資金の総額に対する純益の割合を記載した書類」の添付を要求する趣旨は、被控訴人が認可にかかる公園事業者の施設の管理又は経営の状況を把握し、適正かつ健全な管理又は経営が行われるべく、いやしくも法一条の目的を達成するための公園事業を執行するにつき、公園事業者が暴利を貪り、公園利用者の利益を阻害することのないようにするなどのためである。以上のように解されるのであつて、控訴人が指摘する右各規定は専ら国立公園の利用の増進を図る目的から出たものであり、公園事業者の利益の保護を目的としたものとは解し難い。
以上の如く、法、法施行令及び法施行規則の諸条項を通覧しても、認可にかかる国立公園事業者に公園事業を執行する権利を設定し、右事業者が営業上の利益をあげることは容認しているものの、これらは専ら法一条の目的の達成という公共の利益の見地から出たものであつて、事業者の営業上の利益を保護する目的はなく、同一国立公園内において、既存の公園事業者がある場合、新規の公園事業執行の認可をするか否かは、専ら法一条の規定する公益目的、即ち、自然の風景地の保護とその利用の増進という二律背反の要請をいかに調整して、国民の保健、休養及び教化に資するかの観点に照らし、被控訴人が決すべきものであると解すべきであるから、控訴人主張の利益は、右公益目的に反するような新規の公園事業執行の認可はしないことの反射的利益にすぎず、法律上の利益と解することはできない。
3 控訴人は、行政事件訴訟法三六条に規定する法律上の利益には事実上の利益を含むと主張するが、右規定の意義については先に説示したとおりであつて、控訴人の主張は当裁判所の採用し難い見解である。
三以上の次第で、控訴人の本件訴えは当事者適格を欠く不適法なものであるから却下すべく、これと同旨の原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民訴法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官荻田健治郎 裁判官阪井昱朗 裁判官渡部雄策)